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2015年10月31日

何のために「何のために〜するのか?」という質問をするのか?

http://cadot.jp/impression/2882.html

このURLリンク先の記事を読んで釈然としない気持ちになったので書く。

『何の為にわざわざ働くんですか?』就活生が面接官に噛みつき。しかしその後、面接官からの見事な切り返しが…
という題名の記事だ。

そこには、何のためにでも良いので、それがある人とない人では仕事の出来栄えが違う
みたいなことが書いてあるわけである。

・・・?

えー?

これは正直、こう答えたら世間的にはほぼ満点だと思うが。
これが正解という風に書かれているのが、私は釈然としない。
しないし、そもそも答えなんてない質問であり、これは一例に過ぎない。
なのでこの私の文章も、ただの一例に過ぎないわけであることを、念頭に置いていただければと思う。

まず、この回答は非常に厳しい。
この答えから察するに
・目的が無い人は「何のために」という目的を見つけなければならない
・目的が無い人は仕事の出来がある人より悪いと見なされる可能性が高い
・目的が無い人は覚悟がないと見なされる
・目的が無い人はこの会社に不適合である
ということだと思う。

個人的な見解だが、わけがわからない。
このような意見が蔓延る限り日本から鬱はなくならないだろうし、自殺する人も減らないのではないか?
とすら思う。

正直、何のために働くとか、何のために生きるとか、そんな質問は無意味である。

どれだけやる気があっても生産性が悪い奴は悪い。
どれだけ覚悟や目的があっても、会社と方向性があってないと邪魔なだけだし、
強く目的がある奴ほどコントロールがしにくいので扱いにくい。

逆にやる気が無くてもやることをしっかりやれる人はいる。
覚悟や目的がない分、扱いやすくある程度の成果をしっかり上げ続けてくれる人もいる。
それに、そういう人が後々仕事の中で目的を見つけてくれる可能性もある。
その時、会社と方向性が合えば嬉しいし、逆に会社と方向性が合わなくても、
社会的な損失が失われるわけではないのだから、転職して日本を盛り上げてくれればいい。

それに、目的がある人は目的が焼失するとぽっかりと穴が開き、突然クオリティが下がったり
仕事を止めたり引きこもったりする可能性もあるわけで、反動がでかいという悪い面もあるわけだ。

この今の日本の現状を鑑みて、何が目的なのか?何が目標なのか?
私はそういうのは成果とは「それほど」結びつかないと思っている。

私としては、ただ目の前の仕事を契約の範囲内で愚直に「やってさえ」くれればいい。
さぼらず、やりすぎず、ただ「Just do it」してくれればいい。

私もそのように考えるようにしている。
ただ目の前のことを最大限自分のできる範囲で逃げるずに「やる」。
まずはそれだけだ。
それすらできれば仕事は務まるし、目的なんて無くていい。

もちろんこんなことをそのまま言っても誰も請け合ってくれないだろうし、人受けも悪いと思う。
なので面接受けする言葉で飾り立てればいいだろうけど、
そういうところに日本の居心地の悪さみたいなものがある気がする。

私としては、別にそこまで強く生きたくもないし。
誰かのためにどうとかもない。
金持ちに成りたいとも思わない。
たまに山の中に入って自然を感じる時間があれば良い気がしているだけである。

DSC08763.JPG

そもそも毎日生きてる実感もそんなにないし。
消えてしまいたいという気持ちもずっとある。
最近身の回りのものをどんどん売っているし、世間への興味も減る一方だ。

そんな私でも、ただ目の前の仕事を与えられた範囲で逃げずにただ「やる」ことはできる。

目的なんていらない。
ただ目の前の仕事に対してひた向きに頑張ってくれればいい。
とにかく「やる」ということ。

目的の「せい」にしても仕方がない。
目的があるないに関わらず、仕事をすることはできる。
モチベーションとか、家族のためとか、そんなのはタダの言い訳じゃないのか。

きっと目的があって仕事のパフォーマンスが上がっている人は
目的のせいでパフォーマンスが下がったといつか言う。

そんなのはどうだっていい。
ただ目の前のことを「やれ」。
逃げずに「やれ」。

そうしていたらいつか目的が見つかるかもしれないし。
見つからなくても、「やった」結果は過去として永遠に残る。
逆に「やらず」に逃げた記憶も、過去も永遠に残る。
だからただ「やればいい」と思う。

なので、私の答えは
・目的が無い人は「何のために」という目的を捻り出してまで見つけなくてもいい
・目的が無い人は仕事の出来がある人より悪いと見なされる可能性が高いかもしれないけど実際そうとも言えない
・目的が無い人は覚悟がないと見なされるとは到底思えず、ただ目の前のことを「やれる」かどうかだけ
・目的が無い人はこの会社(社会と言ってもいい)に不適合でなんてあるわけないし、やることをやっていればそれでいい
となります。

生きるという事は動くということ。
「やる」ということは、動くという事。
やっていれば、いつか辿り着く。動いているのだから。

逆に言えば「何のために自分は働いているんだろうか?」と考えてるときは
疲れてるか、逃げたい時だと思うんです。
仕事中、そういう疑問が増えてきたら、少し休んでも良いと思います。
サボるんじゃなくて。です。「やる」ために休む。
攻めの休み。休むときは人と話す時間も作りましょう。

それに、家族のために働いている人でも、たまには
「俺はこのままでいいのだろうか?」って思ってますって。きっと。

何はともあれ、目の前の事から逃げ出さず、やっていきましょう。
とはいえ、気楽に。背負い込まず、ただ「やる」。気楽に。

※ちなみに私はVEフランクルが好きで、ロゴセラピー的な概念もとても好きですが、だからと言って目的が見つかるまで何もできないというわけではないし、最初は動くことからはじまるという考えで書いています
※目的があった方が原動力的には動きやすいというのは私も過去何度も経験していますが、かと言って目的消失状態の人に優しくないのもどうかと思ってます

DSC08233.JPG

写真は、なんとなくニュージーランドを思い出したので。
posted by hinata_hisa at 23:03 | 東京 ☁ | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする