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2014年03月19日

【俗にいう退職エントリー】この春に退職しました【+職探し】

誰かのためというか、この時の心境をメモしておこうと思い記載します。
他の方の参考になるかどうかは、わかりません。

■いつ退職したか
2014年2月の中旬が最終出社で、2014年3月31日付で退職となります。
有給休暇が30日以上あったため、40連休以上になりました。いまだに有給を消化しています。

■いつ退職すると決めたのか
日記を見る限り、2013年10月10日に決断しています。
11月くらいから、実際の退職までの流れを相談し、12月初旬にはチームに共有がありました。
ただ、2013年の春には2013年末で退職予定であることを上司に報告してありました。
ですので、予定より少し遅れはしましたが、ほぼ予定通りです。

■年末で退職しようと思っていた理由
単純に、10月に有給が付与されることと、年末の賞与目当てです。
ですので、お金の都合上、年末退職がベストだったんです。
なのですが、メイン担当のプロジェクトの稼働日が年末であったため、それが落ち着くまで保守して引き継いでから退職したので3月末になりました。

■就職してから退職までの期間について
2008年の4月1日に新卒入社して2014年の3月31日退職ですので、丸6年間働いたことになります。

■退職に関連して元から考えていたこと
これは「何故、今の会社を選んだか?」にさかのぼります。
私は浪人1年と大学院修士卒ということから、ストレート組とは3年もの差がありました。
その3年の差を埋めるにはどうすればいいのか?と考えた結果、
「スタートダッシュできる会社に就職して3年の差を埋める」
のがいいのでは、と考えたのです。

そのため「スタートダッシュができる会社に就職する」ということを決めました。
よって、「スタートダッシュが終わったら転職する」ことも同時に決まっていました。

2008年の就職時から、先輩に「3年か5年で辞めます」と言っていたので、それは本当です。
結果的に5年が6年になってしましましたが、このタイミングで辞めれたことは満足です。

また、「区切り」は本当に大事です。
区切りが無いと、ダレけることが多いでしょう。
期限を決めて、それまでにどこまでやれるか?を常に意識していないと、人間はすぐにダラけてしまいます。
そのため、入社時に自分に期限を設けたということもあります。

■どのような会社で働いていたのか
某W社にいました。俗にいうIT企業です。
ここは激務で有名な会社でもあり、平均勤続年数は3年以下だったと記憶しております。

・入社2年目までの仕事
私はパッケージの導入コンサルタントに配属されましたので、本当に激務でした。
繁忙期は3社同時に担当しながら、毎朝10時に出社、退社は24時、寝るのは26時を週5回繰り返し、土日もない週が多くありました。

しかし、その仕事のやりがいというか、丸投げっぷりは凄くためになりました。
入社1年目の2009年1月に2社目の担当になったとき、お客様先にひとりで行かされまして、凄まじいクレーム対応をしていました。
引き継ぎも本当にほとんどなく、いきなり放り込まれてお客様先での軟禁&監禁&お叱り。
これは本当に、良い経験になりました。
そのときはドン引きでしたけど、これで大抵の事は「まあ、あの時に比べたら・・・」と思えるようになったので、入社1年目としては良い経験だったと思っています。

・入社2年目から4年目までの仕事
社内の評価チームのインフラ担当に異動したことで仕事内容はガラっと変わりました。

そもそもこのインフラ担当チームができたばかりで、そこにほぼマネージャ&AWS担当として
別ラボから引き抜かれてぶち込まれたので、何のこっちゃなスタートだったのですが、
とりあえず部下3人と共になんとか社内へのAWS導入と物理サーバの管理、そしてTrac/SVNの運用をやってました。
このラボが一番長く、大体2年半くらいいました。

ここでの大変さはまず第一に調整です。
社外(お客様対応)だと調整はほとんど元々終わってるわけで、
またお客様も大体偉い方がカウンターとして出てきてくれるので意思決定はそこまで遅くなかったわけです。
しかし、社内だとステークホルダー全部に調整が必要です。
特にフラットをうたっている会社ほど、トップダウンができないので絨毯爆撃的に調整が必要です。
しかも私のラボは開発と評価すべてをまたいでいたので、大体200人くらいを相手にしていたのです。
最大時は、1つの打ち合わせで20人以上の人にお願いして回ったこともあります。
これがとにかく時間がかかるのと精神が疲れるので、正直これは苦しい仕事ではありました。

難しさをもう1つ書くと、AWSを社内に導入した事例がありませんでした。
まだこのときは2009年12月だったのです。
本格的にやりはじめたのは2010年の2月から3月にかけてですが、日本語のページが元からありませんし、シンガポールリージョンもありませんでした。
というわけで、これを技術担当の方々と一緒に推し進めるのが非常に難しい反面、凄く楽しかったです。
社内に異動するなら是非クラウドを!が私の希望だったので、希望通りの仕事ができてうれしかったですね。

ちなみに、このラボにいたときに
A)2011年度社長賞候補ノミネート
B)2011年度部署コンテスト最優秀賞
をいただいています。
特にB)ではプレゼンによるコンテストでしたのでプレゼンも楽しくやらせていただきました。

・入社4年目から6年目までの仕事
2012年くらいから東京にもAWSのリージョンができたのと、大手(エンタープライズ)からも「製品をクラウド上で動かせないか」という要望がチラホラ出てきました。
そこでパッケージをクラウド上に動かせるように修正した版をリリースしたのですが売れませんでした。

(何を修整したかというと、クライアント⇔AP⇔DBの構成ではそれぞれの⇔間のリクエスト数が過多だと、
 DBのみを社内に置くハイブリッド型で強烈な速度遅延が発生するため、
 リクエストを1つにまとめて速度劣化を無くすという修正をメインにしています)

...というのは「クラウドの知見がないからクラウド運用できないので製品があっても売れない」ということだったのです。
そこで「じゃあクラウドの運用も売りますよ」として完成した、社内ベンチャーに引き抜かれて異動になりました。
ここで評価されたのは
A)エンタープライズ向けのお客様先でのパッケージ導入および保守実績
B)社内でのAWS導入&活用実績
C)パッケージのインフラまわりの仕組みを理解している点
です。

さて、そういうわけでこの社内ベンチャーで導入担当リーダーをさせていただきまして。
実績としては以下の通りです。

A)担当社数4社(全て東証一部上場企業)
 うち、3社稼働、1社セールスクロージング完了
 ※1stユーザも私が稼働させています
B)訪問社数9社(上記4社除く)
 主にAWSの提案やサービスの説明について
C)導入チームのマネジメントや開発との課題管理(Tracを使ってました)
 特に人と人との交通整理をメインでやっていました。
 これは社内サーバ管理時代の調整能力が活きてます。

上記のとおり、多くのエンタープライズに対してAWSを活用できるよう持って行けたことが私の自慢ではあります。
システム面では、ハンズオンも多かったですね。
特に、お客様社内の調整までを行うプロジェクトマネジメント(PM)をしてでも稼働させた1社目は私の全力でした。
これはAWSパートナーアワード「エンタープライズ部門」を受賞したプロジェクトでもありました。これを失敗させるわけにはいきません。

ちなみに、このラボにいたときにも社長賞候補としてノミネートされました。
多分こんな短期間で2回もノミネートされたのは、2,000人いる社員の中でも私だけだと思います。

■給料について
2013年で源泉徴収が620万円を超えていました。それくらいです。
多いか少ないかは、わかりません。退職金はゼロでした。

■今後どうするか
私が考える今後のキーワードは以下の3つです。
1)英語
2)クラウド(AWS)
3)ネットワーク

加えて、少し掘り下げて
4)LinuxでもWindowsでも行けるOSの知識
ですね。

クラウド、主にAWSのおかげで、サーバエンジニアは特定の場所で作業をする必要がなくなりました。
英語ができれば、日本にいる必要もありません。
となると、AWSが本来英語であることを考えると、今後英語の知識はすさまじく重要です。
英語で書かれている文章をすぐに理解して業務にあたる必要が増々重要になります。

また、ネットワークも非常に重要でしょう。
AWSが使えても、それをお客様へとつなぐまでに何をすればいいのか?
これを含めて提案できなければなりません。

AWSの理解とそのための英語、そしてAWSをお客様へつなぐまでのネットワーク
この3つが今後特に重要で、できればそれがOSを指定されずに導入可能となれば最高だと考えています。

というわけで、私の次の行動は
1)英語の勉強
2)Linuxとネットワークの勉強
に絞られてきます。

まず英語ですが、私は英語が大嫌いなので、それを克服するためにオーストラリアに14週間留学することに決定しました。
3月28日よりシドニーに行ってきます。帰国は7月の中旬を予定しています。
そして、Linuxとネットワークは、AWSを専門でやっているある小さな企業で学んで行くつもりです。

■転職後の給料
なんか、400万円台みたいです。とても減りました(´Д`)
まあやりたいことがあって、それが安いとなると、仕方ないですね。
ただやっぱ少し困ってるのは確かです。

■6年間をまとめて
これらの理由で会社を退職いたしました。
非常に厳しかった6年でしたが、手に入れたものも大きいです。
特にAWSを4年以上つかえたのは嬉しかったです。
しかも大手企業にそれを導入するようになるとは、期待以上でした。

■退職までの不満点
以前の会社での不満点は色々とあったのですが、おおまかにわけると以下の通りです。
1)評価と評価制度がよくない
⇒これはフェローが問題として認識しているレベルなのですが、
 社長賞の候補になろうとも、評価が同僚よりも悪くてかなりやる気がなくなりました
2)尊敬していた先輩が全員退職
⇒私を採用してくれた先輩、私を部署に引き入れてくれたGM、個人的に尊敬していた先輩・・・
 それらの方々がいなくなってしまったので、師を失ってしまいました。
 仕事ができるできないは別としては、人間として敬える人がとても少なく感じたので、
 人としてもっと成長していきたいと考えていた私は困りました
3)ワークライフバランスが悪い
⇒ほとんど仕事仕事仕事です。アフター5なんて経験したことがありません。
 23:30でもフロアに人が残り過ぎです。平均年齢29歳、勤続平均3年以下・・・
 ずっといたら体がおかしくなってしまうと思いました。

■退職後に不満になると考えている点
これはハッキリと年収が下がり過ぎた、というところです。
覚悟はしていましたが、正直620万くらいで別でAWSが使える口があったら
そっちに行ってもいいんじゃないか・・・と思っているくらいです。
もし何か良い口があったら紹介していただきたいのが、実は本音です。
それ以外は基本的に次の職にはそこそこ満足してはいます。

■おすすめの本
在職中に読んでずっと意識していた本と退職前後に読んでいた本を紹介します。
この2冊が私の中では非常に重要な位置をしめています。



これはコンプライアンスの本ですが、単純に「嘘は良くない」という話です。
嘘をつかず、回り道と思っても正直に生きるのが成功するコツだということです。



こちらは自己啓発本ですが、ほとんど小説なのでそこまで説教くさくありません。
とてもわかりやすく、また私がいままで考えていた事を要約してくれたような内容に驚きました。
いままで色々と本を読んできましたが、これで一旦生き方の方向性がまとまった感じがしています。

■最後に
というわけで、以上になります。
長文ですが最後まで読んでくださった方には感謝です。
関係者の方には「帰国したらまた遊びましょう」ということで!
See you again.
posted by hinata_hisa at 17:26 | 東京 ☁ | Comment(2) | 仕事の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。インフルエンザB型のblogを読みました。私も今インフルエンザBで辛くて。私も今月末で今の職場を離れます。有給はもうないから欠勤扱いです。またコメントしますね。
Posted by 美穂 at 2014年03月22日 19:35
>美穂さん

インフルエンザお疲れ様でした。お仕事もお疲れ様でした。それぞれ大変ですね。
また機会があったら覗きにきてください。
Posted by hinata_hisa at 2014年03月24日 14:44
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