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2015年09月07日

【戯言日記】自分の内面に存在する問題点を見つめる

人生とは自分との闘い、と言い切ってもいいのではないかと私は考えています。

環境を変えても、自分からは逃げられないのです。
自分から逃げられないのであれば自分を変えるしかありません。

そんなことを普段から考えつつやっとこさ以下のWeb漫画を読んでみました。

・アドラー心理学=マンガで分かる心療内科・精神科in池袋 第1回「トラウマなんて存在しない!」
http://yuk2.net/man/110.html

・【アドラー心理学】マンガで分かる心療内科・精神科in池袋 第2回「涙も怒りも『目的』がある!」
http://yuk2.net/man/115.html

この2つ読んで考えたのです。
さて、自分の中にある、問題となりそうな目的論とは一体何か?

と、その前に少しだけ話を過去に戻すと、
私は「自分が嫌い」⇒「自己嫌悪」のループから抜け出すべく
過去
「自分が嫌い」⇒「嫌いな自分を認める」⇒「悪い所は認めつつ良い所を伸ばす」⇒「コンプレックスを減らして行く」
という思考回路を元に生きてきました。

ですので、「嫌いな部分」を内包している自分を許容していましたが、
最近それをどうにかしない限り、どこか限界が来ている気がしていました。
悪い部分をどうにかやっつけてしまい、という気持ちです。

その流れを踏まえての、目的論です。
つまり、このタイミングで「ダメな部分を認めるだけではなく改善するべきだろうか」
という新しい価値観が自分の中に芽生えた、わけです。

考えてみました。何個かあります。あえてダメなものばかり並べています。

1:私は権力や暴力、怒りを持って相手を征服したいという目的がある
2:私は悲劇的な場面に見舞われることで、誰かに心配されたり気にかけて貰いたいという目的がある
3:私は何かを破壊したいという目的がある
4:私は(何かしらの方法で他人より優れていると表現し)他人から認められたいという目的がある

ぱっと思いついたのはこの4つです。

1:私は権力や暴力、怒りを持って相手を征服したいという目的がある
最近怒らなくなりましたがそれでも瞬間湯沸かし器的にブチギレですよ!ということが稀に会って困っていますが、
アドラーさんいわくこれは私が怒りたいだけで、そのための材料を常に探しているということになる、ようです。
つまり私は常に怒りたいという目的を持って生きていることになります。
疲れる生き方ですね・・・。

残念ながら、何故私がこのように怒ることを目的としているのかというと全く自分では理解できません・・・。
父親がすぐに怒る人なので、定期的に怒ることが当然だと思っているかもしれません。
しかし、恐らく私は怒りたいと思っている、それを目的にしているかもしれないと感じますし、これを1番に思いつきました。

2:私は悲劇的な場面に見舞われることで、誰かに心配されたり気にかけて貰いたいという目的がある
私は悲劇のヒロインを演じる女の子に良い感情を抱きませんが、どうやらそれは同族嫌悪なのかもしれません。

私は、誰かに心配されていたい、という気持ちが少なからずあるようです。
それは例えば、怪我したらその傷に気付いてほしいというものです。
暗い顔をしていたら声をかけてほしいです。そういうものが私の中にあるでしょう。

反対に「お腹が痛いとか言って遅刻するんじゃねえ」と思っている自分もいます。
ただ、ある本では「反対の意見」というのはその裏に「それをしている人が羨ましい、許せない」という気持ちがありその裏返しのようです。
つまり、この気持ちの裏にあるのは「私もお腹が痛いと言って遅刻したいし心配されたい」になるのです。

許せないと強く思うことほど、
「自分もそれがしたいのにできない!だからアイツがやってるなんて許せるわけがない!」
という一面もあるとのことでした。
※全部が全部そうではないですがそういう面もあるということです

とにかくこの2つ目のものが曲者です。
さっき、シャワーを浴びている時にふと思いついたのですが
・私は笑顔でいたいという目的で生きている
・私は暗い顔でいたいという目的で生きている
の2択を迫られたとして(自分に迫ったとして)
「どうやら自分は後者かも知れない」と思ったのです。

何故、暗い顔の人生を歩むなんてことを好んでするのでしょうか?
それは「他人から大丈夫かと気にされたい」ですし「幸せそうにした結果疎まれたりしたくない」という目的があるからではないか?と考えました。
この2つ目に先ほど気付いたばかりですが、驚きました。
なんでこんなものを目的としているのでしょうか?私は。
日本人らしい考えなのかもしれませんが、客観的に見て全く幸福になれなさそうな気がします。

3:私は何かを破壊したいという目的がある
いつからかわかりませんが、私には破壊衝動があります。
・窓ガラスを割りたい
・モニターをぶっ壊したい
この2つは頻繁に考えます。

過去、傘を怒りにまかせて折ったこともあります。
腹が立って壁を殴ったり蹴ったりなんて数えられないくらい実行しています。
前職の頃はこれが顕著過ぎてもう限界かと思ったのもあります。

もしかするとこれは先ほどの「2」と同じで、これをやることで他人に心配して貰いたいのかもしれません。
つまり、「3」は実は「2」と目的は同じなのかもしれません。
しかしはっきりと自覚があるのは、やはり自分は何かを壊すという行為に、何かしら目的を見出しているようなのです。
と言っても、これを他人の目の前でやることはないですし、怖い人と思われたくもないので窓ガラスを割ったことは人生で一度もありませんし、モニターを壊したこともありません。
ただそういう気持ちが頭の中にあるという話です。

破壊は手段だとして、目的ではないとするとこれを「3」とするのはおかしいかもしれません。
ただ、手段が目的になる人もいるでしょうし、これで良しとしましょう。

4:私は(何かしらの方法で他人より優れていると表現し)他人から認められたいという目的がある
私は自慢をしたがります。

自己顕示欲というものです。
誰にでもあるかもしれません。
これはとてもわかりやすい(皆理解しやすいはずな)ので割愛します。

まとめると、
私は誰かに認めて貰いたく、心配もして貰いたく、
また相手を征服したいし、そのために何かを破壊することを手段として使うことがある
と言う人間になるでしょう。

なんか・・・振り返ってみて率直に
「人間臭いなあ俺」と思いました。

それでもって「原因解明」に意味はないらしいということですので、
どうやったら」私がほんの少しでも聖人君子に近づくことが可能か?
これを考えて行きたいと思います。

ぱっと思いつくところは目的を別のモノに変えるのが良いっぽいですが、

・【アドラー心理学】マンガで分かる心療内科・精神科in池袋 第3回「劣等感は、あっていい!」
http://yuk2.net/man/123.html

第3回(続き)を読んで思いましたね・・・

まずこの漫画の続きを全部読んだ方が良いかもしれない(;´Д`)

以上戯言でした。
posted by hinata_hisa at 01:54 | 東京 🌁 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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