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2020年06月17日

バズマザーズが好きということを只管書くだけ1 敗北代理人

2018年8月5日 私はバズマザーズの音源「ムスカイボリタンテス」と「普通中毒」をAmazonで購入しました。
購入履歴をみたらどうやらそうらしい。

 

バズマザーズを知ったのは、たまたまです。
YoutubeでPVを見たからだったと記憶していますけど、どういう流れでおすすめに出てきたのか全く記憶にありません。
気がついたら聞いてました。

傑作のジョーク



そして敗北代理人
この2曲から入ったんです。



特に「敗北代理人」は 神 と讃えてしまうほど好きな曲に今なっています。

音楽は、出会いです。
CDショップで。Youtubeで。友達からの紹介で。
なんとなく流れた来たラジオのBGMで。
出会うんです。これも出会いでした。

私の、バズマザーズとの出会いは勿論突然でした。
はっきりと言うてしまいたい。
今、生きている楽しみの1つに、彼らバズマザーズの音楽があります、と。
そう言い切ってしまえるくらい、彼らの音楽が自分を支えてくれています。嘘偽り誇張なしに。
それをちゃんと書いときたい。そう思ったので書くことにしました。

ここから先、ただひたすらに好きな曲を1曲から数曲ずつ書いていこうと思うてます。
ひとまず1回目の今回は、先にも紹介した「敗北代理人」にします。

敗北代理人。
この曲は、恐らく死ぬまで忘れないと何か確信があるかもしれないくらい、耳にしみこんでる曲です。
特に「歌詞」が、あまりにも素晴らしすぎて。これ以上ないほど胸に突き刺さってきますね。
一言で言うと、泣けます。

後で知ることになるんですけど、歌詞から作曲まですべて担当をする山田亮一は歌詞において「事実」しか書いてはならないと思い込んでいた縛りが昔はあったらしいんです。
その呪縛はどうも「麻婆豆腐殺人事件」あたりで解放されたみたいねんけどね。
「ええんと、ちゃうの?」
ファンタジーでも、っていう歌詞。敗北代理人の歌詞は、まさにファンタジーなんですね。
事実やとしたら、それはそれで怖いんですけど。

ただ歌詞の凄さに気づいたのは後々なんです。
最初は「この曲気持ちえぇな〜〜」って聞いていただけで歌詞なんて見もしてない。
ギターもドラムも何もカモが気持ちいい曲。特にイントロ。気持ちよすぎるベース、ギター。天才かって。

PVも結構好きで。ポイポイ捨てていくサマがなんか潔いんですよね。「これちゃうねん」っていう感じの投げやりな。
そして謎に魅力のある山田亮一のスタイル。アフロだったとは信じられないんですよねーこの容姿。

山田氏は「皮肉」こそが自分の唯一の武器(才能)だと歌ってきているんやけども。
この曲には皮肉などきっと存在せず、ひたすら救いがあるなーって思ってます。
この救いに溢れた曲を、1曲目に持ってきたこのアルバムがなんか好きなんですよね。

アルバムの表題、ムスカリボリタンテスは飛蚊症のことです。

飛蚊症はたまたま自分が患っている病気なので、よくわかるんですけど。
この飛蚊症に対してネガティブなイメージはないです。
「綺麗やな〜」と思っているくらいなので、気にしてないですね。
その、飛蚊症を冠するアルバムの1曲目がこの曲です。きっと意味がつながっているはずなんです。

Wikipediaより抜粋すると
>飛蚊症(ひぶんしょう)は、人間の眼球内の原因により視覚に発生する現象で、視界内に小さな薄い影(糸くずや蚊のようにも見える)のようなものが現れる。網膜上では特定の位置に影は存在しているが、眼球の運動による視界の移動により、この影は相対的に動き回っているように当人には感じられる。
とのことらしいですね。多分これ読んでも、かかったことがない人には全くわからないんじゃないですかね?

この曲の歌詞に出てくるある人物は、この飛蚊症のように現れてはすぐに消える「まるで綺麗に見えるキラキラした粉末」のようなものだと私は解釈してます。
その感覚というのが、自殺に思いを馳せるということなのではと、思うんですよね。
「自殺という輝かしく見える逃げ道」があってもそれは「ちょっとの合間脳裏をよぎるだけ」で「その瞬間だけ煌めいて見えるもの」ってこと、です。

実際、人はそう簡単に自殺は死にませんし。
ちなみに山田氏は、バズマザーズを組む直前は前のバンドの解散で「本当に29歳で自殺してCLUB29の仲間入りになりそう」なくらい落ち込んでいたようです。

というわけでやっとここで歌詞のリンクです。山田氏の歌詞はどれも素晴らしいと言えるんですけど、この曲は特に歌詞が好きです。
ちなみに、文学的な歌詞が多いです。彼は読書家ですよね。

ストーリーとしては主人公は山登りをしてるところです。
「俺は山頂を目指している」と、頂上を目指す主人公が…出会うのは誰か?ってところですね。
この山頂はきっと例えで、きっと人生の目的とか目標、人生そのもののだったりでしょう。

時の峡谷、痛みの雪崩、憎悪の渓流、越えて遠く続くクライミング


この歌詞、普段の人生そのものです。
乗り越えていかないといけないツライ現実があるんです。

そしてきっとこの歌は、以下の歌詞の箇所に全部込められていると思ってます。

「どなた様もお気軽にどうぞ。何かとお忙しいのでしょうし」
その看板は唐突にそう始まって
「冥福の前借りにすがる前に、どうか私をお訪ね下さい。敗北、請け負います」
辛うじて解るのはその一文と、おそらく血で書いた文字だって事
辺りにそれらしき人はおらず、セルロイド味の畏怖を覚えるも
道中、粉砕したピッケルの柄と、厚紙ででっち上げた憫然たる其れを
何に役立つ訳でも無いが、捨て置く事が出来ない其れを、土台、届かない空に掲げる


登山中に見つけた彼の残骸は「敗北代理人」。
私は「敗北=自殺」を請け負う者、と解釈しています。
彼は、他人の敗北を請け負って、代わりに自殺をすると言っているんです。

過去自殺しそうなくらい落ち込んでいた山田氏が「自殺は負けだ」という決めつけ方をするかどうかはちょいと謎です。
謎ですが、ここは一旦自殺を敗北として仮定して話を進めます。

「敗北、請け負います」


その人の「自殺」を、彼は代行するわけで。
レンタル自殺おじさん(1回きり)といったところでしょうか。
この敗北代理人のイメージは「若い人」というよりかは、「登山=人生の途中で疲れてしまったか動けなくなってしまってどうにもならなくなった中年男性」のイメージを持ってます。

この歌詞に共感できない人は、きっといるでしょう。
スクールカーストしかり、出来ない人が大半だと思うんですね。
自殺を考えたことない人にはきっとわからないはずです。

でも、私はできます。
特に彼は、血で書いた文字で最後の最後に、人の代わりになって死のうとした。
多分きっと、誰でもいいから誰かを救いたかったんじゃないですかね。「救った」という気持ちを持ちたかったんじゃないでしょうか。

そういう、誰かのために役に立ったという感情。
それが欲しい、渇望している。そんなことはだれしもが思ったことがあるでしょう。
敗北代理人はその究極系として存在している気がします。

話は少しそれますが、この曲から私はバズマザーズに入門したのでその後色々聞いて、攻撃的な音楽性に驚きました。
彼らの中で、きっとこのような落ち着いた(?)ような曲をアルバムのリード曲に持ってくるというのはイレギュラーな気がします。
しかしこの曲こそが最高で、最強で、今のバズマザーズここにありという曲だと思っています。

どこが特にいいのかというと、「これを想像して聞いたリスナー」は、簡易的に便宜的に自殺を代行した彼を想像してしまうわけで。
これが歌の中の虚構の産物であれ、自殺を代理して死んだ人を思い浮かべてしまうでしょう。

「一回、死んだ気になって頑張ってみろよ」

なんて言葉。信じられないでしょ?
気休めいうな、うるさいよ、と。なりませんか?

「俺にだって希望なんかは無いけど、死んだ気になれば人間、何でも出来るって云うじゃないかブロー」


とはバズマザーズの「フールオンザビル」の歌詞からの引用です。

「死んだ気」にさせてくれるようなことってあるの?
きっと、それがこの曲なんじゃないでしょうか。

「死んだ気になれば人間、何でも出来るって云う」なんて美辞麗句(?)。
実際、誰が聞くんですかね?この文字通りに。
素直に聞けるほど真っすぐな人間がバズマザーズ聞いてないですよねw

そんな簡単だったらとっとと生まれ変わって聖人と化す。
できないから困ってます。

それをたった一曲で、やってのけてくれたんじゃないでしょうか。
誰かが自分の代わりに死んでくれる、という存在がいたとして。
それが実際にいたら、我々は何をするんでしょうか?

「土台、届かない空に掲げる」と、それこそが生まれ変わった自分へのエールでは?
と。

誰かの人生の代わりに死んでくれた奴がいる。
実際いるかわかるわけなんてない。
その気になって、人生また一回やり直してみたら?
何でもは出来なくても、何かには成れるんとちゃうのん?

そういう気持ちにしてくれる救いの曲だと私は感じるんです。

「誰も主人公で風景」。ひとひとりひとりの人生があります。
「少しずつ」人は変わっていくのでしょう。

死んだ気になったら、ちょっとずつでいいので、主人公になって行かないかってことじゃないでしょうか。

「冥福の前借りにすがる前に、どうか私をお訪ね下さい。敗北、請け負います」
辛うじて解るのはその一文と、おそらく血で書いた文字だって事
辺りにそれらしき人はおらず


ここで、敗北代理人は既に死んでいるとわかりますよね。
誰かのために。身を投じて亡くなったのでしょう。

人生、この先何があるかわからないです。
どこかで自分の人生が、自分でコントロールできなくなって。
そんな時に死にたくなる自分が出てきてしまって、ツライ気持ちになってしまったときに。
この曲を聴いて、代わりに死んだ人がいてくれたという救いを想像するだけで。
後、もう少し頑張ってみようって思えるんじゃないか、って思います。

誰もが主人公で風景でしかなくて。
自分の物語は自分で記憶して紡ぐしかなくて。
ひたすら辛い登山でも登っていくしかないんですよね。

私は単独行と言われる、ソロ登山が好きでした。結構危険な旅です。
だからこそこの曲がよりリアルに。
まるで目の前に本当に看板があったかのように想像できてしまいます。

もう少し頑張ろう。あと少し頑張ろう。
死んだ気になってもう一度頑張ろう。
そう自分に言い聞かせたい時に、説教ではなくこの曲を聴いてます。

気になった方は是非、歌詞を見ながら聞いてみてください。おすすめです。
posted by hinata_hisa at 00:03 | 東京 ☀ | Comment(0) | 音楽・ライブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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